乗りものが未来を変える、自動運転によって生み出される新しい社会

未来社会の交通システムでは、車両の自動化技術と情報技術が不可欠になる。 自動運転により人やモノの移動が自動になるだけでなく、移動するサービスと街のモニタリングを同時に行うなど、あらゆるモノやサービスがつながり、新しい価値を創造する。 「シナジックモビリティ」はそんな社会の実現を目指す考え方だ。

シナジックモビリティの概念図
移動、サービス、実データ取得といったさまざまな要素が互いにつながり合い、より良い社会を構築していく。それらをつなぐための技術だけでなく、ユーザーと事業者双方にとってメリットのある仕組みづくりにも取り組む。(画像提供:名古屋大学 河口教授)

いまやインターネット技術は私たちの生活と切っても切り離せないものとなっている。パソコンやスマートフォン(スマホ)などを使えば、家族や友人とのコミュニケーション、音楽や動画の視聴、情報検索、買い物、出前の依頼など、さまざまなサービスを利用することができる。スマホは技術が優れているだけでなく、多種多様な事業者がサービスを提供できるようにしたことがヒットにつながった。スマホの便利さはサービスを提供する多くの企業が参画し、利用者との間をつなぐ土台となる環境、プラットフォームがあるからこそ実現しているのだ。

昨今はモビリティ(移動)の世界でもプラットフォームの重要性が指摘されている。車はカーナビゲーションシステムなどからの情報を得られるほか、ETC(電子料金収受システム)などのITS(Intelligent Transport System : 高度道路交通システム)との連携が進んでいるものの、車からの情報発信は限定的で、プラットフォームが整備されているとはいえない。しかし、これから自動運転が普及していけば、双方向でのデータのやりとりが不可欠になる。例えば自動運転バスならば、安全で効率的な運行のために管制システムとつながる必要があるし、そのバスで荷物も運ぼうと思えば物流管理システムにも接続しなければならない。

このように人やモノの流れ、サービスの在り方が大きく変わり、車は一方的に情報を受け取る立場から、プラットフォームの一つとして情報を受発信する立場に変わっていく。そうなれば、車から発信される情報も大きな価値を持つ。車の実走行データを地図に重ねると、リアルタイムで通れる道、通れない道が分かるので、災害や工事などで通行止めが発生した際に便利なうえ、平常時も道路や周辺状況の把握に役立つ。個々の車を情報の源に見立てたサービスはほかにも考えられそうだ。

名古屋大学未来社会創造機構教授の河口信夫さんが手掛ける『シナジックモビリティ(Synergic Mobility)』は自動運転を通じてさまざまなサービスを融合させることで、人・モノ・サービスの移動と街のモニタリングを同時に行うシステム。国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業の探索加速型「超スマート社会の実現」領域にも採択されており、多数の企業や行政機関と連携しながら研究開発を推進している。

「シナジックとはシナジー、相乗効果のあるという意味です。これからの日本は少子高齢化によって労働力が低下していきます。さまざまなサービスが自動運転を通じて融合することで相乗効果が生まれ、サービスの超高効率化とコストダウンが可能になると考えています」(河口さん)これまでバラバラになっていたサービスが『シナジックモビリティ』というプラットフォームに集まることで生まれる新しい世界。

人々の需要とサービスの供給をうまく組み合わせる

日々の生活の中には、どうしても決まった時刻までに目的地に行きたい日もあれば、のんびり風景を楽しみながら移動する日もあるだろう。 シナジックモビリティはそんなさまざまな場面に対して、人々の需要とサービスの供給のマッチングを図れるプラットフォームを目指している。

さまざまなニーズに応えるサービスカー
自動運転を核としたサービスカーは人やモノの移動に使えることはもちろん、移動図書館や移動販売車のようにモジュール化した各種サービスを載せ替えてどこにでも運ぶことができる。複数のモジュールを積載することも可能だ。

  

少子高齢化と人口減少が進む日本。過疎の地域では赤字のバス路線が廃止になり、物流や郵便の取扱量も減って運営が厳しい状況である。バスに荷物も載せられるとよいが、現在の法律では人間を乗せる車とモノを運ぶ車は区分が違い、同じ車で運ぶには特別な許可が必要になる。これからは規制緩和も視野に、移動の効率化を考えていくことになるだろう。  

ただし、移動には多種多様なニーズ(需要)がある。単に移動できればよいというケースは皆無に等しく、利用者側には例えば「9時までに着きたい」「1円でも安く運びたい」「冷蔵便で送りたい」などの条件があり、車側も「この時間帯は満載」「このルートは荷室に空きがある」などの事情がある。

河口さんはこれらの情報が業界や企業の壁を越えて共有されていないことに着目。人が「移動したい」、モノを「移動させたい」、サービスを「受けたい」、実世界を「調べたい」などのさまざまな需要に対して、多様なサービスやデータの供給を適切にマッチングさせたいと考える。その実現のために自動運転車を核とする『シナジックモビリティ』を提案している。河口さんは「人の移動や物流、エンターテインメントなど、複数のサービスを同時に車内で展開できれば、そこにシナジーが生まれ、一層の効率化が可能」だという。

ひとつのモデルとして考えているのが多様なサービスを実装できるサービスカーだ。特徴は多数のモジュールを積載する荷室。モジュールは荷物ケースのイメージで、野菜や書籍などの商品を入れられるほか、クリーニングボックスなどのサービスも混載できる。これらを一度に移動させれば効率化を図ることが可能になるだろう。

シナジックモビリティ実現においては、いくつかの核となる技術がある。そのひとつが通信管理システムと、多数のサブシステムからなる「System of Systems(SoS)」。SoSは本来バラバラに設計・運用されているシステムを個々に運用・管理しつつ必要に応じて組み合わせることで、単一システムではできない複合的な効果を得られる。河口さんらは、異種産業間のシナジー効果を検証するシミュレータを構築し、需要や車両台数などをいろいろ想定しながら研究を進めている。

走行中に得られたデータを安全やマーケティングなどに活用

自動運転車の走行中に得られる各種データからいろいろなことが分かる。実走行データはリアルタイムの地図情報に、ワイパーの稼働データは気象予報にそれぞれ役立つという。なかでも道路のひび割れや凹凸などを調べるモニタリングは市場性が期待されている。

アスファルト舗装の道路は劣化や摩耗を避けられない。普通車でも1トン以上、ときには20トン超のトラックも走行するため、日々ダメージを受けているのだ。損傷は安全運転の妨げになり、わだちにたまった雨水でハイドロプレーニング現象が起きれば、大事故を引き起こしかねない。そのため道路は定期的な修繕が必要となる。

日本の道路の総延長は約128万km(平成28年4月1日現在、道路統計年報2017より)あり、修繕の優先順位をつけるために、専用車両でアスファルトのひび割れ、わだち掘れの度合い、平坦性を計測する路面性状調査を行っている。早期に対応できれば修繕費を抑えられるが、河口さんは「8割は点検不良」と指摘する。

「専用車両を使った調査には1kmあたり20万円が必要。もしも一般車両の走行データからおおよその路面状況が分かれば、専用車両で調査すべき場所を絞り込めて、修繕箇所の早期発見につながり、コストを抑えられます」

河口さんらは専用車両と自動運転車を使って走行実験を行った。自動運転車にはLiDAR(ライダー、Light Detection and Ranging)という、周囲の物体との距離をレーザー光で計測する装置を搭載。その計測値から得られた点の集合データから地図を生成し、地図のなかでも道路部分だけを切り取ると、路面の凹凸の様子が分かるという仕組みになっている。

専用車両と自動運転車の計測データを比較したところ、自動運転車でも予備調査で有効なデータが得られることが分かった。将来的には多数の自動運転車のデータを集約し、『シナジックモビリティ』を通して道路の調査会社に提供することも考えられる。だからといって調査だけを目的に自動運転車を走らせるのではなく、車は普段通りに移動するだけ。その移動で得たデータを提供する。需給マッチングはシナジックモビリティのプラットフォームで行う。

道路以外に、電柱やガードレールなどのインフラの調査にも可能性がある。シナジックモビリティではこれを「実世界データによる価値創造技術」と位置づけ、さまざまなソフトウェア同士を連携させられるAPI(Application Programming Interface)という仕組みを通じて、多様なサービス事業者が自動運転車のデータを利用可能にできるように研究開発を進めている。

いろいろな事業者が集うからこそ豊かなサービスが生まれる

自動運転車を中心にさまざまな事業者が情報技術でつながることにより、新しい価値が創造される。そんな『シナジックモビリティ』の描く世界が実現するとき、私たちの生活はどのように変わるのだろうか。

確かに自動運転車は移動に便利で、道路の凹凸の状況といったインフラ調査などによって安全な社会になるのならば人々にとって大変ありがたいことだ。とはいえ、車両開発や通信環境整備には多額の投資が必要なため、普通の人にはとても手が出せないくらい車が高価なものになる、またはサービス料金がとても高くなるといったことが起きないのだろうか。

ところが、河口さんによれば「移動サービスは価格が安くなる方向に進む」のだという。私たちが日常的に使うスマホでも、企業の広告を見ることでさまざまな無料アプリを利用することができている。自動運転の車内でも同じ仕組みが考えられるらしい。

「車載カメラや配車予約アプリなどを通して、利用者の年齢や性別、活動エリアなどが分かりますから、企業にとっては格好のマーケティングの場になります。たとえば、車内でサンプリング商品を受け取り、アンケートに協力する代わりに移動費用を負担してもらう、という仕組みが成り立つと考えられます」

今後はシステム開発のほかに、そのシステムがどのように社会に受け入れられるか、また、既存サービスとどのように連携できるかが課題となる。例えば、高齢者にとって自動運転車が便利だとしても、新しい仕組みを取り入れるには時間がかかるかもしれない。また、バスやタクシーといった既存の交通事業者がシナジックモビリティを歓迎せず、参画を拒む可能性もある。そうならないように、河口さんはイベントやウェブサイトなどを通してていねいに情報発信している。

「こういったサービスは一部企業が独占するよりも、数多くの企業が入る方が豊かになるんです。しかし、自動運転車を利用したいユーザーと事業者を直接マッチングさせるだけでは競合となる事業者同士が価格競争をするばかりで、シナジーによる付加価値が生まれにくい。そこでシナジックモビリティでは、サービスを提供する側と受ける側の間に、サービスを運用するプラットフォームを構築し、さらに需給をマッチングさせるマーケットを作り出そうとしています。その仕組みの上でそれぞれの企業が新たな連携や可能性を模索し、工夫を重ねるからこそ、個性的な商品やサービス、シナジーが生まれるのです」

「シェアからシナジーへ」を掲げるシナジックモビリティ。多様な事業者が参画するプラットフォームを構築することで、共創による新しい社会づくりを推進している。

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